隕石が頭にあたりました
地球上には、毎年数万個もの隕石が飛来しているという。
ほとんどは、大気圏で燃え尽きてしまうのだが、中には燃え尽きずに地上までたどり着くものもあるという。私の頭に当たった隕石もその一つなのだろう。
ちょっと行儀悪くアイスを食べながら歩いていた私も悪いのだが、運が悪かったといえば悪かった。
「怪盗ルパン」シリーズで、衝撃の結末の一遍がある。不可能殺人が起こるのだが、なんと犯人は隕石だったというオチ。その場で本をビリビリに破いて「ふざけるなー」と怒りをぶつけることは簡単だ。だがその前に問いたい。読者の中に隕石に当たった人はいるのだろうか?
私はある。だから胸を張っていえるのだ。「隕石当たるよ」と。
不可能殺人というより犯人不在のこの犯罪小説は、我々が安全だと信じていた空からの驚異という問題提起をしてくれた。
隕石に当たるというのはかくも大変なことか。私の場合は衝撃でバラバラになった頭部を慌てて拾い集めたが、小説の作者モーリス・ルブランもそこまでは体験してはいなかったらしい。実際に直撃すると、あんな銃口がひとつだけのような綺麗な死体にはならないのだ。かろうじて私が一命をとりとめたのは悪運が強かったとしか言いようがない。言い換えれば、あと一ミリずれていたら確実に死んでいたろう。
私はこの貴重な経験から、宇宙からの驚異について考えるようになった。考えて一時間経ったとき、私はある結論に達した。もはや空は安全な方向ではないのだ。
一見、でこぼこして危険に見える地面のほうが、実ははるかに安全な方向に違いないのである。 ときにはつまずいて転んだりもするだろうが、基本的に地面は人を傷つけない。地面が詰まっているということは、言い換えれば地面が全ての攻撃からの防波堤になっているということなのだ。
火山の方向も危ないといえば危ない。火山弾が飛んでくるからだ。火山弾の水平移動の攻撃と、空からの隕石攻撃には驚くべき共通項がある。
それは危ない方向に、なにもないということだ。つまり言い換えれば、何もない空間が一番危ないということになる。
何もない空間による縦の攻撃が隕石だとすると、水平方向の攻撃が火山弾と言い換えることもできる。縦と水平の断続的な攻撃を食らえば、いかに筋骨隆隆とした人類といえどもひとたまりもない。言い換えれば、最初のうちは避けていられるだろうが、スポーツ一般でスタミナが重要視されるように、後半になるほど、避ける力は弱まっていくであろうことが十分に予想されるからだ。地球上にはもはや安全な場所などないのかもしれない。
では何所へ逃げればよいのだろうか?
実は私の回答はすでに出ているのだが、それをいまいってしまっては面白みがない。
少しじらすようだが、いっしょに人類の可能性を模索しようではないか。言い換えれば自分で考えることの大切さが今日のテーマでもあるのだ。
まず私が考えた脱出方法は空への脱出である。
どんな方法かはわからないが、どんなピンチにも脱出方法が隠されていることは、脱出をみても明らかである。
しかし、空からは隕石が降ってくる可能性が高い。
このとき私はある結論に達した。もはや空は安全な方向ではないのだ。
危ない方向は空と海だということは、すでに検証してきたが、最も危険とされる空に脱出することは果たして利口だといえるのか?
その選択は非情な選択を迫ることになるだろう。人類はその半数を失ってしまうかもしれない。しかし、言い換えれば、非情な言い方かもしれないが、少数でも生き残れば種は生き残る。
しかし、ひとつ大きな問題を忘れてはいないだろうか。スペース・デブリの危険性である。
何もない空間が危ないということは説明済みであるが、宇宙空間こそなにもない空間そのものである。
スペース・デブリとは言い換えれば宇宙のゴミ。
我々人類は宇宙開発をするたびに、不要なゴミは宇宙空間に放棄してきた。空き缶はくずかごに捨てなければならないことは小学生でも知っていることだ。なのに人類は小学生でも知っているのに、ゴミを宇宙にまで放り出していたのだ。
捨てられたゴミは地球の軌道を回り続ける。それも半端なスピードではない。とにかく速いのだ。どんなに小さな金属片でも、人類を殺傷するには十分な凶器となって襲ってくるのだ。言い換えれば、これは水平方向の驚異だ。隕石が縦の攻撃だとすると、スペース・デブリは水平方向の攻撃だと言い換えることが出来る。
果たして、この状態で空へ逃げることが得策であろうか。
さんざんもったいぶってきたが、ここらで正解をいってしまおう。勘のいい人なら気付いているかもしれないが、人類が生き残るヒントは地面にある。
地面の方向は現状で考えうる最も安全な方向だからだ。
ここで発想の転換が必要になる。地面が安全だとは言ったが、言い換えれば地面に住むためには地中深くもぐって、安全な位置までいかなければ意味がないことになる。しかし、いくら安全とは言っても、地面に埋もれてしまえば土まみれだ。
そこで、私が提案するのは地下都市の建設計画である。
都市をまるごと地面の中に作ってしまうという大胆な発想は、小説や映画など古今のSF作品にも多く見られるものであるが、言い換えればSF作家が過去に予測してきた未来像をほぼ忠実に再現しつつある人類の次なる命題は、クローン人間でも水素燃料電池でもなく、実は地下都市だとはいえないだろうか。
現実を見てもらえば、温暖化や人口増加問題で地表に住むことの限界を人類は自ら証明してきたようなものだ。言い換えれば、地表より安全な地下都市に居を移すことで、安全性はより高まり、これらの問題も解決に向かう可能性が高いことになる。少なくとも私はそう信じているのだ。空を見て生活する時代はまもなく終焉を迎えるだろう。
空に逃げればいいとお思いの諸兄も多いだろうが、ひと言だけ言っておきたい。
もはや空は安全な方向ではない。これが私の達した結論である。
'02.06.31